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J-pop 80s90s総研!!

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2012/02/15

【ハイスタ全告白】「被災者を守って!」 難波章浩(上)

 【ハイスタ全告白】「被災者を守って!」 難波章浩(上) 
黒夢清春画像動画ライブチケットヤフオクンチメンタルバス
11年ぶりに再始動したHi-STANDARD(ハイスタ)で熱さを爆発させているのが、ボーカル&ベースの難波章浩(41)。ギター、横山健(42)との仲違いをうわさされたが、その横山とドラム、恒岡章(40)と3人そろって昨年9月、ステージに立ち、話題をさらった。「日本を90年代のころのように元気にすること。あきらめないって伝えること。それが再始動したハイ・スタンダードの任務だ」。難波から、復活、その契機となった東日本大震災の被災地、被災者への熱い思いが噴き出す。
★休止のショックで混沌の日々
 2000年に人気絶頂の中、活動を休止したハイスタ難波は「当時は本当にどうしようもなかった。ついに人生が終わるかなって」と振り返る。本気で「音楽で人前に出るのをやめよう」と思って、毎日を過ごしていた。
 一生続けると思っていた活動が止まってしまったショック。「酒を飲むか、釣り堀に行く日々。酔うとつい暴言を吐き、一緒にいる相手を悲しませてしまった」。ほどなく断酒したが、今後は逆にそれがストレスとなり、またしても暴言。インターネット上にメンバーを糾弾する文章を投稿したこともあった。
 「あれは『オレもいるよ。ハイスタは解散じゃなくて、あくまでも活動休止なんだよ』というサインだったんだけど。投稿した後、『ごめんね』って謝ったよ」と今では笑顔で話すが、当時は自主レーベルの代表取締役をも務める横山との間に深い溝ができた。事務所に来ることもできず、電話で話すこともできなかった。活動再開のめどが立つことはなかった。
★真っ暗な被災地で人命救助
 2011年3月、東日本大震災が起こった。難波は実家があり、現在の活動拠点である新潟に妻子といた。山形経由で妻の故郷、宮城県登米市に車を走らせた。
 真っ暗な被災地、失われた道。最後まで到着することはできなかった。その後、車に食料とガソリンを積んで、再び向かった。「だけど、自分の車の燃料が漏れちゃって…」。引き返す途中で、ガス欠の車で瀕死の状態だった3人を見つけた。「『おじさん!ガソリンあげるからっ』って起こして。よかったなあって…」。インタビュー中、こう話しながら、みるみる難波の目に涙がたまった。
 強烈な経験は、憤りも呼び起こした。「放射能の影響がどうなっていくのか不安。あのままにしていてはいけない。みんな、もっと頭を使ってほしい。せめて、子供にオモチャを買ってあげられるような、それぐらいの補償はできないのかって思うんだよね」
 新潟が拠点の難波は、東京ではマスクを外さない。東京都世田谷区にある事務所でのインタビューでも、ポーズ撮影以外ではマスクをしていた。
 誰かを否定しているわけではない。起こってしまったことに対し、対応しなければならないと訴えているだけだ。「被災してる人たちを守ってください。それをメッセージにしたい。一番大切なのは心だ」
 あまりにも甚大な被害。被災者、そして被災地を考えると、横山とのけんかの内容なんて「大したことない」と気づいた。胸に湧き上がってきた思い、それは「あきらめない」だった。(産経デジタル・嶋中貴史)(敬称略、明日に続く)
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